『復讐の標的』
        第二章 小向美菜子        

第二章 小向美菜子

1.

 小向美菜子は都内某所にある撮影スタジオで、少年マンガ雑誌のグラビア撮影を行っていた。日曜日に朝から缶詰にされながらもイヤな顔一つせず、満面の笑みを浮かべカメラマンの注文に応え、色々なポーズを取る美菜子。
 水色のビキニの水着を付けた瑞々しい肢体、身長は156センチとごく普通だが、その身体はどこもが奔放に発達していた。まだ十五歳の中学三年生でありながら、スリーサイズは90・59・85という大人顔負けのプロポーション。中でもバストはFカップとも言われ、水着のブラジャーからこぼれ落ちんばかりに、悩ましいまでの膨らみを見せている。
 「ちょい右向いて。うん、いいよ。そう、その感じ。はい」
 パシャッというシャッター音と共に、カメラのストロボが発する閃光が美菜子に浴びせられる。
 ウエストは若さを誇示するように引き締まりを見せ、なだらかな曲線を描いてグラマラスな下半身へと続いている。桃を仕込んだようなお尻は豊かながらもキッチリと引き締まっており、小気味よくキュッと持ち上がっている。
 くっきりと濃いアーチ型の眉。クリッとした大きな目と吸い込まれそうになる黒い瞳。少し伸びてきているサラサラのボブヘア。口元は笑うと少し両端が持ち上がり、大粒の健康そうな白い歯がこぼれ出て何とも愛らしい。
 撮影の時には大人でもドキリとさせられるような、切なげな表情を見せる事もある。しかしその素顔はまだまだ幼い、十代の多感な少女である。
 「じゃあラスト行くよォ...。はいOK、お疲れさん」
カメラマンがファインダーから目を離し、親指を立てる。
 「お疲れさまでしたぁ」
 人なつっこい笑みを振りまき、スタッフに頭を下げる美菜子。張りつめていた他のスタッフも緊張が解けたのか、ホッとした空気がスタジオ内に広がる。
 「美菜子ちゃん、お疲れさま」
 美菜子のマネージャーである、坂本がガウンを持って歩み寄った。
 「お疲れさまでした」
 美菜子はペコリと頭を下げると、坂本から受け取ったガウンを羽織る。
 「頑張ったねぇ、まさか半日で終わるとは思わなかったよ」
 坂本は言った。雑誌のグラビアページに使用される写真は、殆どの場合せいぜい10枚前後である。しかし撮影される写真が全て使えるとは限らない。表情やアングルが悪かったり、カメラマンによっては僅かな写り方の違いにこだわる人もいる。だからその10枚そこそこの写真のために、実際はその何倍もの量の写真が撮影される。休息や食事を取る事になると一日仕事になることも珍しくない。
 「だって今日はこれが終わったら原宿にお買い物に行くって言ったでしょ」
 屈託のない笑顔を見せる美菜子。
 「まあ、今日はこの後何もないけど、そのうちそんな事言ってられなくなるくらい、忙しくなるよ」
 父親が娘を諭すように坂本は言った。実際坂本の年齢は美菜子の父親とそう離れてはいない。実際美菜子を見る目もそれに近いものがあった。
 「はいはい、分かってます」
 「じゃ、着替えておいで。駅まで送ってあげるから」
 「わぁ、ありがとう、坂本さん。それじゃ」
 美菜子はニッコリと微笑むと軽く坂本に手を振り、更衣室へ小走りに去っていった。

 

 

 美菜子は更衣室に入ると、手際よく着替え始めた。
 ロッカーを開け、羽織っていたガウンを中のハンガーにかけるとビキニのブラジャーを外し、ショーツを引き下ろす。脱ぐのはそれで終わりだから簡単なものである。
 全裸になると一番上にたたんであったパンティに両脚を通して引き上げる。木綿のオーソドックスな白いビキニタイプで、唯一中央に小さな赤いリボンがワンポイントで付いているだけである。
 続いてブラジャーのストラップに腕を通すと、後ろに手を回しホックをかける。こちらも同じ白だが大人しいデザインのパンティとは対照的に大人っぽいレースの刺繍が施されたものだ。美菜子自身はもっと可愛らしいデザインのものが欲しいのだが、胸が大きいので気に入ったデザインがないのが悩みの種だ。最後にカップの位置をしっかりと胸に合わせる。
 ゆったりしたサイズの白いスウェットシャツに、チェック模様の入った黄色のフレアスカート、最後に紺色のハイソックスを穿いて着替え終了である。最後に脱いだ水着をビニール袋に入れて、ショルダーバッグにしまう。
 姿見に移る自分の姿をチェックしながらふと、今までの事が思い出された。
 中学三年生に進級して間もない頃、渋谷のセンター街のマクドナルドで、友達と一緒にポテトを食べている時に声をかけられたのがデビューのきっかけだった。
 小学校六年生の時に見た「ガラスの仮面」で松本恵のファンになって以来、美菜子は密かに女優という職業に憧れていた。そんな美菜子にとってまさに千載一遇のチャンスだった。渡された名刺の電話番号に電話もして、きちんとした事務所である事も確認した。
 美菜子は早速名刺を両親に見せて、事情を説明したが案の定二人とも猛反対だった。しかし美菜子も負けてはいない。顔を合わすたびにタレントになりたいと懇願し続けたのである。それは一ヶ月以上にわたって続き、そのあまりの執拗さには両親も折れざるを得なかった。
 両親の立ち会いの元契約書にもサインし、晴れて芸能人の仲間入りをした美菜子を待っていたのは、ジェットコースターのような日々だった。
 九月の正式デビューを前に、夏休みには十一月に早くも発売される初めての写真集である「Flapping」の撮影のため、ハワイを始め、国内もあちこちを飛び回った。
 それが終わると今度は僅かに残っていた夏休みを出版社やマスコミへの挨拶回りに追われた。しかしその甲斐あって正式デビューするやいなや、雑誌のグラビアページや表紙のオファーが殺到し、あっという間に二十本以上が決定した。
 その後もオファーは後を絶たず、断っている話もそれ以上にあった。デビューしてまだ一月も経っていない事と、中学三年生で受験を控えている事もあって、事務所サイドでもスケジュールはある程度抑えめにしていた。
 とにかく今まではごく普通の中学生の少女だった美菜子が、デビューしてまだ一月も経たないのに、今や人気ナンバー1のグラビアアイドルとしてもてはやされているのだ。
 いっけない、坂本さん待ってるわ。
 ハッと我に返った美菜子は更衣室を出ると、小走りに坂本の待っているロビーへと向かった。

 


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