プロローグ
「それでは、お疲れさまでした……」
グラビアの撮影が終わった遥に、スタッフが声をかける。
「はい、お疲れさまでした……」
まだ撮影に使ったビキニの水着姿のままで、遥も元気に答える。
末長遥は、話題になっているチャイドル達の中でも、一番輝いている美少女であった。
朝のレギュラー番組を卒業した後も、雑誌のグラビアや写真集、ビデオやDVDといったメディアで活躍しているのである。
「それじゃぁ、車を回してくるから、着替えて待っていてね」
「はぁ〜い」
マネージャーが車を取りに行き、着替えに行こうとした遥の前に男が立ちふさがった。
「やあ、遥ちゃん……ちょっと、話を聞かせてもらってもいいかな?……」
突然声をかけてきたのは、フリーの芸能記者の町田であった。芸能記者と行っても三流ゴシップ雑誌に記事を提供している記者で、アイドルタレントの誹謗中傷とも言えるデタラメな記事を書くことで有名な男であった。
「ごめんなさい……急いでいますから……」
そう言いながら、急いで席を立とうとする遥の肩を押さえて、
「まあまあ、少しだけですから取材させて下さいよ」
と言って強引に遥の前に座った。
「今、『チャイドルの性意識』という特集で取材してるんですがね。遥ちゃんはセックスについてはどう考えてます? たしか、遥ちゃんは『歩くロリータポルノ』なんて呼ばれてましたよね……」
「そ、そんな……あれは、番組の中で……冗談で言われただけです……それに貴方の書いた記事なんか、みんなデタラメじゃないですか!……」
遥は町田を怒りの眼で睨みながら言った。
遙も町田にデタラメな記事を書かれた一人だった。確かに、以前番組の中でそう呼ばれたことについて、町田に取材を受けたのだが、その時は、
「私がいつもHなことばかり言ってるからです……」
と無邪気に答えた言葉が雑誌の文章では、
『ロリータポルノ法がなければ、私もワレメちゃんまでくっきり写った全裸の写真集を出したいわ……チャイドルだから人に見られるなんて平気よ。できれば素っ裸で街を歩いて、みんなに自慢の私の裸を見せたいわ……セックスだって人に見られながらするのが好きなの』
等と云う、中学生になったばかりの少女には口に出せないような恥ずかしい言葉になっていた。
もともとゴシップ雑誌の記事などは、このような類のものばかりで、とても本人が答えたものとは思えない記事が羅列しているものだ。わざと本人が答えられないような恥ずかしい質問をして、本人が明確に否定しなかったら認めたものとして記事を書くのだ。
マネジャーが傍にいたらうまく対応できるのだが、彼らはマネジャー達が離れて本人が一人だけになった瞬間をねらって質問を浴びせる。今も遙が一人になるの待っていたのだろう。
「ちまたでは少年法が施行されてから、おおっぴらに援助交際ができなくなった中高生達が、組織化した売春クラブを作ってヤクザ顔負けの活動をしていると聞きますが、遙ちゃんはそう言った組織に入ってますか?」
町田は遙の抗議など無視して、口早に質問を浴びせる。
「そ、そんな……組織って……そんな事……」
まるで遙が援助交際という名の売春をしていることを前提にするかのような失礼な質問に、遙が抗議しようとすると、その言葉を遮って、
「一人で十分と云うことですか。なるほどね、まあ、有名なチャイドルですもんね……ところで、普通に体を売るだけでは客が付かなくなったので、最近ではアブノーマルな売春までしていると聞きますが、遥ちゃんはどうです? たとえばSMプレイなんかも……」
「な、何なんですか……売春とかSMとか……私、そんな……」
「はいはい、ところで遙ちゃんは室内派ですか、それともアウトドア派ですか?」
またも遙の苦情を遮って、意味不明な質問を続ける。
「つまり、室内で限られた人と遊ぶのと、野外で大勢の人と遊ぶのと、どちらが好きかと云う質問なんですが……」
「それなら、アウトドアの方が……それって、いったい……」
「いえいえ、いいんですよ……大体判りました。それではどうもありがとうございました」
一体、何の取材に来たのか、意味も分からないままに町田は去っていった。
*
一週間後、マネジャーから事務所に呼び出された遙は、事務所の前のフロアでファンの女の子からサイン責めにあっていた。数人の女の子に遙が快くサインを済ませて事務所で行こうとすると、二人の中年男性が行く手を阻んだ。
「へへへ、俺達も遙ちゃんのファンなんだけども、これにサインをお願いします」
でっぷりと太った男と痩せて背の高い男の二人はそう言って、一枚の白い紙を差し出した。
子役や少女向けファッション雑誌のモデルをしていた頃は、ファンと言っても同年代の女の子達ばかりだったが、中学生になって男性週刊誌などにも水着のグラビアを載せるようになってからは、男のファンが急増した。
中でも遙が困っているのは、最近になってファンと名乗る中年男性が遙の周りに現れだしたことである。別に歳の離れた男性がファンであっても良いのだが、彼らは皆一様に遙の身体を舐め回すかのように見るのだった。
その嫌らしい視線で見つめられる度、遙はまるで裸にされて犯されているような気分になる。この男達も爬虫類のような目で遙を見つめていた。
「は、はい……」
おぞましい視線に耐えながら、遙が返事をすると、
「この紙の右下の方にお願いします……それと、サインだけじゃ誰のものか判らないから
、『末長遙』と名前も書いてください」
と、背の高い方の男が、白紙の紙の隅の方を指さして言った。
変な事を言う人だなと思いながらも、一刻も早く、嫌らしい目つきの男達から逃れたかった遙は、言われるとおりにサインをし、丁寧な字で自分の名前を書いた。
「へえぇ、こんなに可愛いのにねぇ……遙ちゃんは、まだ中学生だろう?」
サインをしている間、週刊誌を拡げて、その中の記事と遙を交互に見ていた太った男が、呟くように言った。
「すいません。もうこれでいいでしょう……急いでいますから」
遙は本当に犯されるような気がして、男達から逃げるようにして事務所に駆け込んだ。
*