『サイレント・ラプソディ』
        第六話        

第六話

 ついに、彼女を手に入れる時が来た。
 あの日、砂浜で見かけた時から、この時が来るのをどれ
だけ待ちわびたのか。何回、妄想に頼って独り、オナニ−
に励んだのか。
 もう少しで、俺の願いが叶うのだ。
 そして、彼女も本当の幸せを掴むのだ。

 雨が止むのを待ち切れずに家を出た俺は、ひたすら森を
駆け抜けていたが、海が見えてきた頃に雨は急に弱まり、
森を抜けると同時に雨も止んだ。
 天も俺を祝福してくれるのだ。当たり前だろう。こんな
幸せな気持ちが天に届かない訳がない!
 谷を渡り、丘を越えると、急に開けた視界に広がる平地
の片隅に、いくつかの小屋が並んでいるのが見える。海の
側に建っているあの小屋の一つに、彼女は眠っている。
 俺が訪ねていく事なんて知らないんだろうな。
 ビックリさせるかもしれないが、それも俺が君を思うが
ゆえの行動なんだ・・・許してくれよ。
 山道を駆け下りると、もう砂浜だった。深夜の海は暗く
沈み、波音さえも遠慮がちに響く。ようやく出てきた月の
明かりがほんのりと海面に反射して、俺の足元を照らして
くれる。いくら、俺の夜目が利くとはいえ、こんな深夜に
歩き回るのは大変だった。
 ・・・何だ?
 俺は警戒して腰を低くした。砂浜に人影があるのだ。
 砂浜を踏みしめる音を殺し、人影の視界に入らないよう
に注意しながら、ゆっくりと近づいてみた。
 男だ。日本人の男だ。トレ−ナ−にショ−トパンツ姿の
口髭を生やした男が、くわえタバコで海の方を向いて立っ
ている。
 こいつは・・・たしか、昼間、彼女と一緒にいた男だ。
 こんな時間に何してやがる・・・?

「・・・あれ?」

 突然、男が俺の方に振り返ったではないか。

「お互い、早起きですねぇ」

 不意に声をかけられ、思わず砂浜に伏せた。  

「あっ、大丈夫ですか。その辺はまだ雨で濡れてて滑りや
すいんで、気をつけないと」

 見つかってしまってから隠れても仕方がないと思って、
俺は立ち上がった。
 彼女のことを考えて歩いていたら、注意力が散漫になっ
ていたようだ。
 男はどうやら、海に向かって立小便をしているようだ。
照らす光もない、この暗闇の中では、向こうに俺の姿は見
えていないだろう。こちらを見る目は細められているが、
その視線は俺の立つ場所からは少しズレている。 

「何しろ、テレビは映らないし、携帯電話も圏外ですよ。
もう、たまんないですよぉ」

 どうやら、俺を誰かと間違えているらしい。
 こいつを黙らせないと・・・
 足元を見ると、砂に埋もれた大きな石が転がっている。

「まあ、明日には・・・あっ、もう今日でしたね。今日の
午後には、こんな島ともオサラバできますよぉ。やっと、
文明のある世界に帰れるってもんです」

 石を拾った。男はまだ海に体を向けたまま、小便を続け
ている。俺が見知らぬ他人だと知らず、一人で喋り続けて
いた。
 黙れ、この野郎・・・。

「日本に帰ったら帰ったで、今度は忙しいんですよねぇ。
どっちがいいかって聞かれると困るんですけど」

 黙らせろ、こいつを。
 黙れ、黙れ、黙れ・・・。

「あぁ、よく出た・・・」

 男が振り向いた。その顔に石を叩きつける。鮮血と歯が
飛び、男が顔を押さえてうずくまる。その後頭部をさらに
殴りつけた。鈍く、忌まわしい音がした。そのまま、男が
動かなくなるまで殴り続けた。

 気がつくと、全身汗まみれで立っていた。荒い息づかい
で、額から垂れてくるものを腕で拭う。妙に生暖かい汗だ
と思ったら、どうやら返り血を浴びていたらしい。
 男は俺の足元で倒れていた。頭は潰れ、ひしゃげ、形を
変えている。
 なんてこった・・・殺しちまったか。
 こいつが悪いんだ。こんな時間に、こんなところで立ち
小便などしているから、こんな目にあうんだ。
 なぜか知らないが涙が出てきた。泣きながら男の身体を
海へと運んだ。腰まで浸かり、男の死体を海に押し出す。
潮の流れに乗れば、朝には沖の方まで流れていくだろう。
 参ったな・・・雨に濡れた身体が乾き始めていたところ
だというのに、また濡れてしまった。

 彼女の部屋は知っていた。この数日間、撮影が終わると
帰ってくるのを見張っていた成果が出る時が来たのだ。
 小屋の立ち並ぶ敷地内に入っても、幸いな事に、誰にも
呼び止められなかった。呼び止められたら、また人殺しを
重ねてしまう事になるだろう。
 ここだ・・・
 間違いなく、この小屋の中に彼女は居るはずだ。
 周りを見回し、人の気配がないのを確認して、針金を鍵
穴に差し込んだ。一昔前からあるような旧式の鍵だから、
この程度なら自分のような素人でも、何とか開けられるだ
ろう。
 何度か鍵穴の中をかき回すと、針金の手応えに強い引っ
掛かりを感じた。
 ふふっ、まるで処女を犯しているみたいだ。いわば、処
女膜を探り当てたといったところか。
 暗闇の中で無意味に微笑みながら針金をひねると、鍵穴
の中がカチリと音をたて、手応えが軽くなった。ドアノブ
をひねり、手前に引く。チェ−ンロックはかかっていなか
った。もともと、チェ−ンなんて付いていないのかも知れ
ない。
 もう一度、周りを見回すと、少しだけ開いたドアの隙間
に身体を滑り込ませた。深夜たというのに蒸し暑い外気か
ら、ひんやりとした室内へと身を移して、後ろ手でドアを
閉める。
 暗闇を手で探ると、ドアの脇にチェ−ンロックがあるで
はないか。
 何だよ、不用心だな・・・これだから、外から侵入され
るんじゃないか、まったく・・・
 息を潜め、足音を殺し、玄関から部屋の中に足を踏み入
れた。土足だが許してもらおう。何しろ、今は足が臭くな
る季節なんだ。
 長い間、この島で暮らしているおかげで、夜目は利くよ
うになっていた。ほとんど真っ暗の部屋だが、目を細めて
中の様子を窺う。
 狭い廊下を抜け、かすかに寝息の聞こえる奥の方へ歩い
ていった。
 突き当たりのドアをそっと開くと、思った通りに、中は
寝室になっていた。大きめのベッドが二つ並び、その脇に
小さなサイドテ−ブルがある程度の質素な部屋だ。寝息は
片方のベッドから聞こえてくる。
 枕元にある大きな窓に忍び足で歩み寄って、カ−テンを
わずかに開くと、月明かりが差し込んで視界が開けた。
 右側のベッドの掛け布団から、黒髪の頭だけが出ている
のが見える。もう片方のベッドは空のようで、彼女の眠っ
ている布団だけが、寝息に合わせて規則的に膨らみ、波打
っている。
 ベッドの脇に立って、眠っている顔を覗き込んだ。
 綺麗だ・・・化粧をしていない顔も・・・
 右手の人指し指で、彼女の額に触れてみた・・・反応は
ない。寝息も乱さず、眠り続けている。かなり深い眠りに
ついているのだろう。
 疲れているのだな・・・。無理もない。
 ゆっくりと慎重に掛け布団を剥いでいった。淡い水色の
一番上のボタンが外れていて、胸元が少しはだけている。
月明かりに青白く照らし出された胸の谷間がわずかに覗い
ていて、思わず感嘆の溜息をついてしまいそうになる。
 そんな気持ちを抱く者が側に立っているのも知らずに、
彼女は身じろぎもせずに眠りこけている。
 そのまま、襲いかかりたい気持ちを押し殺し、冷静さを
取り戻すと、ベッドに背を向けた。まず、サイドテ−ブル
の上に置かれた小さなバッグの中身を漁る。パスポ−ト、
財布、リップクリ−ム・・・小さな鍵。
 部屋の隅に置いてあったス−ツケ−スの一つにその鍵を
使うと・・・うまく合った。ダイヤル式のロックは、パス
ポ−トに書かれた生年月日を並べると簡単に開いた。
 整然と並べられた彼女の洋服の中から、適当に上下一組
を選び出して引っ張り出した。さすがにパジャマのままで
は色気がない。着替えてもらわないと。
 まあ、どうせ脱がすものだけどね・・・
 できることならス−ツケ−スごと持っていきたいところ
だが、さすがにそれは重すぎる。彼女の身体を運ぶだけで
精一杯だろう。
 さてと・・・
 俺はサイドテ−ブルの上に置かれたコップを手に取って
顔の前に掲げると、ゆっくりと手を放した。当然、ガラス
のコップは床に落ち、大きな音をたてて砕け散った。

 彼女が目を開いた。焦点の合わない瞳が上下左右、小刻
みに揺れる。
 俺は腰に下げていたナイフを抜き、片手に握った。
 彼女の瞳が固定され、その顔を見下ろしていた俺と目が
合った。まだ、頭が起ききれていないようで、無表情な目
で俺を見上げている。
 やっと目の前の物事が分かったようで、悲鳴をあげよう
として口が大きく開かれるところを、俺の手が押さえた。
素早く布団に包まれた彼女の体の上に飛び乗り、その細い
首筋にナイフを突き付ける。
「動かないで」
 彼女の目が恐怖の色に染まった。大きく見開かれた目が
何度も瞬きを繰り返す。口を押さえた手からは彼女の震え
が伝わってくる。
 眠ったままの彼女に麻酔を嗅がせて連れ去れる方が簡単
なのかもしれないが、俺は故意に目を覚まさせた。加虐心
の旺盛な者の習性だろうか、女の驚いた顔や恐怖に歪む顔
を見るのが好きなのだ。
「おとなしくするんだ」
 彼女の顎が小さくうなづいた。月明かりも逆光になって
いて、俺の顔は彼女にはよく見えないはずだ。起きたばか
りで呆然としている頭では、冷静に状況は判断できないだ
ろう。そんな状態のうちに、どんどん脅迫する方が効果的
なのだ。
「声を出すなよ」
 ナイフは喉から離さずに、口を塞いでいる手だけを外し
てあげた。動揺で目の泳いでいる彼女は、あまりの驚きと
恐怖でヒクヒクと浅い呼吸をしている。
「た・・・た・・・」
「どうした?」
「助けて・・・お金はそのバッグに・・・」
 彼女の言葉に、俺は少しムッとした。俺が強盗に見える
のだろうか。俺が欲しいのは金なんかじゃなくて、君だけ
だというのに。
「金はいらないんだ」
「あ・・・」
 あえて優しい声をかけると、彼女が身体に込めた力が、
さらに強くなった。逆効果だったようだ。こんな時間に女
の部屋に忍び込んで、金目当てではないとすると体目当て
ではないか。
 まあ、その通りなんだけど。
「恐がらないで。君を傷つけるつもりはない」
 そう、今は君を傷つけるつもりはないんだ。
 それは後のお楽しみなんだから・・・。
 ナイフを首筋から離さないようにしながら、俺は彼女の
震える体を抱き起こした。暖かくて柔らかい感触が手から
伝わり、思わず彼女を抱き締めてしまう。
 豊満な胸の膨らみが俺の胸に押し付けられ、俺の興奮し
て息苦しい呼吸を、さらに圧迫した。
 身体全体は思っていた以上に細く華奢だった。もう少し
グラマラスな印象があっただけに、余計に愛らしく、守っ
てあげたくなつた。
 それなのに、彼女は俺の腕から逃れようと身をよじり、
手足で暴れて抵抗したのだ。悲しい話ではないか・・・。
 危ないよ・・・俺はまだナイフを持ってるんだぜ。
 仕方なく、彼女をベッドに押し倒すと、素早くポケット
から出した布を彼女の口に当てた。
 彼女がもがく身体の動きが止まり、しばらく硬直したか
と思うと、急激に力が抜けていった。
 さすがに馬鹿ではないらしく、布の匂いを嗅がないよう
に呼吸を止めて抵抗したようだ。しかし、この島で採れる
木の実から作ったこの眠り薬は、皮膚から浸透して効き目
を出すのだ。化粧もしてない顔からは簡単に入り込む。
 残念だったね・・・

 俺は彼女を手に入れた。
 俺の名前はバンディオ。世界一の幸せ者だ。
          
 部屋から真緒の姿が消えている事に気づいたのは、早朝
に部屋へと戻ってきた葉子だった。
 それどころか、調べてみるとカメラマンまで姿を消して
いたのだ。

 昨日の雨が嘘だったかのように、その日は朝から見事な
晴天だった。

 散歩にでも行っているのかと最初は軽く考えていた葉子
たちだったが、朝食の時間を過ぎても全く帰ってくる気配
がなく、にわかに顔色を変え始めた。
 とりあえず、マネ−ジャ−達が真緒とカメラマンを探し
に行くことになった。葉子も一緒に行くと主張したものの
聞き入れられずに小屋で留守番をさせられる事になった。

 誰もいなくなった小屋は、異様な静けさに包まれた。
 椅子に座ってじっと待っていた葉子だが、やはり我慢が
できなかった。
 こんなところで待っているより、探しに行こう・・・
 葉子は小屋を飛び出した。

 あれは・・・日本人?
 疲れ果てた葉子の視界に、明らかに日本人に見える男が
入った。
 日はだいぶ高くなり、強い陽射しが気温を上げていた。
疲労と暑さに弱ってきた葉子が木陰を求めていたところ、
山道の途中で男を見かけたのだ。
 あれっ・・・この島には誰もいないはずなのに・・・

 異様な男だった。顔は二十代ほどの冴えない感じをした
若い男なのだが、その頭を覆っているのは綺麗な純白の髪
なのだ。カラ−リングなどで染めた人工的な白さでなく、
本物の白髪のようだ。
 男と目が合った葉子は、訳もなく不安を感じた。これと
いった強い特徴もない顔の中で、細い目だけが暗く鈍い光
を放っているように感じたのだ。まるで獣の目だ。
「あの・・・この島の方ですか?」
 男はうなづいた。どうやら、日本人のように見えたのは
葉子の誤解で、現地人のようだ。この辺りの人間はアジア
の血が入っているらしく、誤解しやすいのだ。
「ここを女の子が通りませんでしたか?私と同じくらいの
背丈で、髪はもっと短くて・・・」
 葉子の問いかけに、男は無表情でうなづいた。
「えっ、通りましたか!?」
 男はもう一度うなづくと、葉子の左手を力強く掴んだ。
反射的に身を引こうとする葉子に構わず、その手を自分の
方に引き寄せた。
「あ・・・」
 掴んだ葉子の掌を広げた男は、自分の指先を葉子の掌の
上で動かした。なんと、平仮名である。

 や・ま・み・ち・あ・が・っ・た

「えっ、どっちの道ですか?」

 ひ・だ・り

「左の道・・・ですか」
 男は強くうなづいた。

 男が葉子の掌に書いた話によると、この山の上には閉鎖
した炭坑があるばかりで、ほかには見るものは何もないと
いう。
 真緒は、そんな所に何をしに行ったのか・・・。
 とにかく、真緒が目の前の道を上がっていったのは事実
のようだった。やっと手がかりができた葉子は、男に礼を
言って歩き出した。
 なぜ、現地人の男に日本語が通じて、彼がなぜ日本語が
書けるのかという基本的な疑問などどうでもよかった。

 山道を登っていく葉子の後ろ姿を見ながら、男は静かに
微笑んだ。
 葉子・・・やっと来てくれたんだね。

 その山道は登り下りを繰り返し、やがて森の中に続いて
いった。道は細くなりながらも、しっかりと森の奥に伸び
ているようだ。
 薄暗い森の様子に、葉子は足を止めて迷った。このまま
行くべきか、小屋に戻ってマネ−ジャ−を連れてくるべき
なのか・・・。
 真緒ちゃん、どこまで行っちゃったの・・・?
 結局、葉子は恐る恐るながら、森の中へと足を踏み入れ
ていった。
 朝から真緒を捜し続け、もう何時間歩き続けているのか
分からなくなっていた。足が棒のようになるという言葉の
意味が、今は身をもって教えられている。
 汗を拭おうと顔を上げた葉子の目に、白い物が飛び込ん
できた。無意識に辺りを見回して驚いた。
 あっ、綺麗・・・
 そこかしこに大輪の白い花が開いていた。森の緑の中に
白く浮き上がって見えるのが幻想的な美しさを漂わせる。
 それにしても、こんな寂しい場所に真緒は何をしに来た
というのだろうか、と葉子の疑問は広がる一方だった。
 何の用もないのに、こんな山中に来るはずもない。
 何より、本当にこの道を通ったのだろうか。道を教えて
くれた男が嘘をつく理由もないだろうが、どうしても信じ
られない気持ちもある。
 何がどうなっているのか・・・
 考えがまとまらないで混乱しているのは、疲労感だけが
原因ではなかった。周りを囲む白い花の香りが、だんだん
強くなっているように感じてきたのだ。甘ったるい香りは
鼻から入り込み、葉子の頭をかき乱す。
 あれっ、何か・・・おかしい・・・
 膝の力が抜けてきた。手足に力が入らなくなっていく。
 嫌っ・・・何なの・・・
 急激に意識が遠のき、立っていることも出来なくなって
しまった身体が地面に倒れる時、最後に葉子が見たもの。
 それは、いつのまにか背後に立っていた、あの現地人の
男が微笑む姿だった・・・。

 葉子・・・ああ・・・
 足元に倒れている葉子を見下ろして、武藤は思わず拳を
握り、ガッツポ−ズをしていた。
 今すぐに服を引き裂き、犯してしまいたい。汚してしま
いたい。グチャグチャにしてあげたい。
 しかし、まだ手は出せない。「彼ら」の所に連れていか
なくてはならないのだ。
 まあ、焦ることはないさ。
 もう、葉子は俺の手の中に入ったのだから・・・。

(つづく)

 


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