第二章 小向美菜子 3. 松本に背中を押され元の部屋に戻ると、美菜子はそのまま扉を出るように言われた。廊下に出ると階段を下り、玄関を通ってリビングルームらしい広い部屋に入る。
「ん......」
美菜子は小さく呻きを上げ、寝返りを打った。唇が微かに開き、真珠のように白い歯がこぼれる。
あたし、いったいどうしたんだろ....。
闇に溶けていた意識が少しずつハッキリとしてくる。物音は何も聞こえてこない。軽く呼吸をしてみると微かなタバコの匂いを鼻腔に感じた。
ここは、どこ....?
少しずつ目を開けてみる。まだ明るさに慣れていない瞳に、ぶら下がっているシャンデリアがまぶしい。少し目が慣れた後、周りの状況を把握しようと辺りを見回してみる。
見覚えのない天井の模様。部屋はかなり広く、十二畳くらいはありそうだ。寝かされているベッドの頭上には窓が見えるが、外は真っ暗で何も見えない。
と、椅子に座っているきつい目つきをした男と視線が合った。美菜子の脳裏でそれまでの記憶がフラッシュバックする。
「あっ!」
全てを思い出し、反射的に飛び起きる美菜子。と、頭が少しふらつくのを感じた。
「お目覚めのようだな」
美菜子が車に押し込まれた時に先に乗っていた男、松本である。
「ようこそ、小向美菜子くん」
松本は立ち上がると読んでいた新聞をたたみ、美菜子の元へ歩み寄った。
誘拐、監禁、拉致、そんな恐ろしい言葉か頭の中で渦巻き、美菜子の心の中で不安が大きくなっていく。
「ここはどこなの、あなた達は誰、あたしをどうする.....」
「おっとっと、そういっぺんに質問されても困るな。一つ一つ行こうじゃないか」
松本は手のひらをかざし、美菜子の言葉を遮って言った。
「まず一つ、ここはとある山奥の山荘だ。それ以上の事は言えない」
一つ、そしてもう一つ指を折り続ける松本。
「そしてもう一つ、我々はある方から、お前さんをここに連れてくるように要望を受けた者だ」
「あ、ある方って....」
「会えば分かるだろう、何でもお前さんに一度会った事があるそうだからな」
「えっ....」
美菜子は混乱した。この男がその人物とどんな関係なのか知るよしもないが、美菜子が知っている中にそんな人物に心当たりなどない。
「その人には後で連れて行く。その前に、だ」
松本はニヤリと笑うとベッドの横にある窓を開けた。
「ちょっと面白いものを見せてやろう。立て、もう薬も抜けたろう」
そう言われて美菜子は車の中で変な匂いを嗅がされたのを思い出した。目を覚ました直後に少し頭がクラクラしたのも合点がいく。
「さっさと立て。いいな、決して騒ぎ立てるなよ。変なまねをしたら」
松本は懐からサッと何かを取り出し、美菜子に向けた。鈍い光を放つ黒い塊、拳銃だった。
「おもちゃじゃないからな、信じる信じないはお前の勝手だが」
ここまでやる相手が今更おもちゃを持ち出すとは考えにくい。美菜子は震えながら小さく頷くと、ベッドから立ち上がった。そのまま背中を押され、窓からベランダに出る。
外は既に深い闇に包まれていた。生暖かい風が頬を撫でていく。真下に外灯が一本煌々と光を放っていたが、その周り以外は深い闇が広がり、不気味さが漂って来る。
数メートルも歩くと隣の部屋の窓があった。美菜子たちが出てきた部屋のものとほぼ大きさは一緒で、閉められたカーテンを通って、中の灯りが漏れ出ている。
「ううっ....うっ、うっ、うぐっ...」
換気のためか窓が少し開けられていた。そこから女性のものらしいくぐもった声が漏れてくる。イヤな胸騒ぎを覚える美菜子。
松本がガラス越しにカーテンの隙間を指さす。
「ほら、見て見ろよ。お前も知っているだろう」
あっ....!
あまりの驚きに叫びそうになったのを、口に手を当て辛うじて飲み込む美菜子。
ゆ、ゆうこさん!な、何故....?!
そこにいたのは行方不明になっていた黒沢ゆうこだった。しかも全裸に剥かれ、三人の男たちに絡みつかれているではないか。
ゆうこはオールバックの男に跨り、腰を振っていた。股間の茂みから濡れ光る肉棒が出入りしているのが見える。同時にサングラスの男のそれを口に含まされ、背後からはスキンヘッドに胸の膨らみをこね回されていた。
「おら、もっと腰使えよ」
オールバックが、苛立たしそうに下からゆうこを突き上げる。
「こっちもだ、もっと奥までくわえるんだよ」
サングラスがゆうこの顔を抱えグラグラと揺する。苦悶の表情を浮かべ、涙を流しながらされるがままに男たちの辱めを受けるゆうこ。
美菜子は立ちつくしたまま、そのあまりの凄惨な光景に視線を逸らすこともできず、ただただ声もなく激しい肉の交わる行為の様を見てしまっていた。
男女の間での性行為というものがいったいどういうものなのか、雑誌や友達から聞いた程度のもので
まだおぼろげに判っている程度だった。
学校の授業で初めてセックスというものについて聞かされた時の、妙な恥ずかしさと非現実感を急に思い出していた。
しかし今、目の前で繰り広げられている行為は、その時に抱いたイメージと根本的に異なるものだった。あまりの生々しさにその光景が直に頭の中に送り込まれてくるような気さえしていた。
「おおっ、出、出るっ.....」
と、サングラスがくわえさせていた一物を引き抜いた。同時にその先端から白い液体が迸りゆうこの顔に降りかけられる。
な、何なの、あれ.....。
初めて見る射精の光景に、美菜子の背筋を戦慄が走る。
ゆうこは端正な顔を白濁液で汚され嗚咽していた。しかし休む間もなくスキンヘッドがグロテスクな肉塊を唇に押しつける。
唇を閉じ、いやいやをするゆうこ。しかしスキンヘッドに鼻をつままれ、苦しさに口を開けたところへあっけなく押し込まれてしまう。
「ハッ.....」
不意に背中を押され、美菜子は我に返った。
「さあ、見学の時間は終わりだ。行くぞ」
松本は首を振り、美菜子に元の部屋に戻るように促した。
その右奥にある扉の前に連れて行かれた美菜子。松本がドアをノックする。
「ほら、入るんだ」
言いようのない不安に苛まれ身をすくめる美菜子の肩を掴み、松本は美菜子を部屋の中へ連れ込んだ。
「社長、長い間お待たせいたしました」
「おお、ご苦労だった」
松本の声に振り向いた近藤は、美菜子の姿を認めるとパッと顔を輝かせた。
「どうします、縄でもかけましょうか」
「いや、いい。ただ万が一を考えて、ドアの南京錠だけはかけておいてくれ。やっと会えたのに逃げられでもしたらかなわんからな」
「承知いたしました、では存分に」
「あっ!」
不意に松本に突き飛ばされ、床に崩れ落ちる美菜子。しかし松本は何事もないかのように部屋を出ていく。
扉が閉まり、すぐに向こう側でカチャカチャという施錠の音が聞こえてきた。
「久しぶりだな」
うずくまる美菜子を見下ろして近藤は言った。
改めて近藤の顔を見る美菜子。太い眉。力強さを感じる目の光り。威厳を感じる顔つきは、確かにそれなりの地位にいる人間の者で、社長と呼ばれていたのも嘘ではないだろうと美菜子は思った。しかしその一方やはり前に会った覚えがないのも事実である。
「忘れたかね、君の家におじゃました事もあるんだがな」
「あ...!」
その時美菜子の脳裏をある出来事がよぎった。
「あのときの痴漢の.....」
「あいつが痴漢であるものか!」
近藤は美菜子の襟元を掴んで立ち上がらせると、顔を美菜子に寄せ怒鳴りつけた。
「ヒッ....」
あまりの迫力に気押され、思わず目をつぶり身をすくませる美菜子。
「あいつは...堅物を地で行くような男だったんだ」
近藤は肩を震わせて、鬼のような形相で美菜子を睨みつけた。
近藤が社長を務めるYKコーポレーションは、つい数ヶ月前までは米近商事という名前であった。社長も近藤ではなく、近藤の高校時代からの友人であった米田雅彦という男が務めていて、近藤はその時は常務だった。
米田は元は弁護士で、とにかく堅物を絵に描いたような男だったが、遊び人の近藤と不思議とウマが合い、心を許せる数少ない人物の一人だった。
「だから彼が、痴漢で捕まったと聞いた時は信じられなかった」
近藤の脳裏に当時の事がまざまざと蘇ってくる。
米田の実直ぶりを良く知る近藤は、そんな馬鹿なと思いつつ米田が拘留されている渋谷警察署へ向かった。
拘留中の米田に面会し、話を聞いたが予想したとおり米田は痴漢などしていないと主張した。ちょうど通勤時間で満員の電車の中、ふと家の鍵のことが気になってズボンのポケットの中を探っていたら、渋谷に着いたところでちょうど前に立っていた少女に急に手を捕まれたのだという。その少女が美菜子だったのだ。
結局近藤が身元引受人になり米田は始末書を書いて保釈された。後日美菜子の自宅の住所を調べ出した二人は釈明に訪れたが、本人に会えたのは訪れた時の応対に出てきた時のみで、両親にいくら頼んでも直接話す事は叶わなかった。おまけに釈明が反省がないという風に受け取られ、却って両親の機嫌を損ねてしまい、ほうほうの体で逃げるように帰るハメになってしまったのだ。
「彼がどうなったか知っているか」
美菜子は必死に記憶の糸をたぐり寄せていた。確かに物静かで真面目そうな感じで、痴漢をするような人に見えなかったのは事実だが、あの時お尻の所でモゾモゾ動いていた手は間違いなくその男だったのだ。
「自殺したんだ」
「えっ....」
美菜子の回顧は断ち切られた。
近藤によると、励まされ勇気を出し潔白を説明しに訪れたのに、機嫌を損ねて却って疑いを強くする結果になってしまったのがかなり応えたという。
「お前の濡れ衣である事は明白だか、疑いをかけられただけでも家族にも合わす顔がないとな。お前の家に行った翌日だ」
再び美菜子を睨みつける近藤。
「彼はポケットの中を探っていただけだったんだ。おおかた電車が混んでいてその手がたまたまお前のケツに当たっていただけだろう。それを痴漢呼ばわりしおって。お前が殺したようなものだ」
怒りに満ちた表情で近藤はまくし立てた。
知らない、あたしそんなの知らないよ...!
美菜子は心の中で叫んでいた。あの時は確か重い生理の二日目で、おまけに満員電車の中で押し合いへし合い。苛ついていたのは確かだった。触り方も今思えば意図的なものではなく、普段の美菜子なら警察沙汰にまではしなかったかも知れない。しかしあの時の男が自殺したとは思わなかった。でもそれが自分のせいだなんて...。
「あれから少しして何の気なしにフライデーを買ったら、お前が出ているじゃないか。驚いたよ、写真はそんなに大きくなかったが、すぐにお前だと分かった。そして今やグラビアアイドルか。随分と出世したもんだな」
近藤は上着を脱ぎ捨て、ネクタイを解きながら美菜子ににじり寄る。
「い、いや....」
本能的に身の危険を察知し、後ずさる美菜子。しかし間もなく背中が壁に当たった。
「私は女性に対しては紳士なんだがね、お前だけは別だ」
「や、やだっ...放してッ」
近藤に肩を掴まれ、振り解こうともがく美菜子。しかしその拘束から逃れるには、十五歳の少女の力は余りに無力だった。
「あっ、いやっ!」
あっけなく引き戻され、ベッドに突き倒されてしまう美菜子。
「彼のかたき、取らせて貰うぞ」
近藤はそういうとのしかかっていった。
目次